工匠からのお便り
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松戸市、市川市、宮大工が手掛ける注文住宅・古民家再生の工匠です。
皆さんこんにちは。
日本の偉人であります聖徳太子の像が松戸市の工匠に納められました。
稲垣社長こだわりの聖徳太子像は、深い光を持つ目の、色が塗られていない無垢の木彫りです。
優しさの中に芯のあるお顔の坐像です。

「力強さ」や「不屈の精神」といった木言葉を持つ楠木で彫られた太子像は、微かな芳香があります。ゆったりとした御召物の柔らかさが読み取れるほどの繊細で豊かな彫の線です。杢目も良い位置に入っており見惚れます。
美しい文様の縁があしらわれた畳の台座は温かみがあり坐像ならではの素敵な演出です。

専務が丁寧に亜麻仁油を塗った聖徳太子像はいっそう深みを増しました。これからお寺での精入れへ。

お戻りになったら、工匠工場の高い場所に鎮座され、宮大工たちの安全を見守ってくださることになるそうです。
精入れする前と後では、お顔が変わるそうなので帰りを楽しみ待っているところです。
さて、なぜ宮大工が仕事をする加工場に聖徳太子像なのかと申しますと、聖徳太子(厩戸皇子)は大工の神様と崇められているからなのです。
聖徳太子は皇族で、昭和の時代には紙幣に何度も登場するほど、日本の超有名な歴史上の偉人であることはご存じかと思います。馬小屋で生れ、すぐにものを言ったとか、同時に話す10人の話を正確に聞き分けられたとか、数々の逸話も残る人物です。

実際には、志しを同じくした豪族と共に政治の実権を握り「冠位十二階の制」によって能力のあるものが冠位を得るという制度や、多くの人と議論をして物事を決めよと、平和的で道徳的な政治の在り方を示した「十七条の憲法」をまとめるなど仏教の思想に沿ったもののようですが、国をまとめるために尽力した有能な政治家でした。
そんな皇族でもあり政治家でもある聖徳太子が、どうして大工の神と崇められるのか。それは、聖徳太子が生きた約1400年前の飛鳥時代、大陸より渡って来た本格寺院建築技術と大工道具を伝承し広めたからだと言われています。
現存する最も古い木造建築である法隆寺や四天王寺などを建立されたのは聖徳太子です。
現在の宮大工が持つ加工技術の中に、指矩を使った「規矩術」というものがあります。複雑で精密な木組みの加工に使う技術です。日本独自の進化を遂げて確立したのはもっと後の事ですが、このような高度で複雑な技術の基になる知識を広めたとされています。この技術に使われている指矩という大工道は、聖徳太子によって広められたと言われる象徴的なものになっています。

工匠の加工場でも大工さんが指矩をくるっと回し、色々な方向に持ち替えながら墨付けしている光景を毎日のように見ます。木材を手刻みで加工する宮大工にとって、指矩はなくてはならない大工道具です。精密に計算された複雑な木組みや、大きく優雅にカーブを描く屋根など、巨大な社寺建築もこのシンプルな形の指矩から計算されているのだと思うと不思議であり、この道具の奥深さを知ります。

工匠に納められた木彫りの聖徳太子像も、指矩を手にしていらっしゃいます。
精入れいただきお戻りになった後は工場の高い場所に上がられて、現代も伝承と進化を続ける宮大工の仕事ぶりと、その安全を見守ってくださることと思います。


「工場で大工たちを見守る聖徳太子像がずっとほしかった。」と工匠の稲垣社長が話していました。
伝統技術を重んじ、それを伝承していく。大工を大事に思う。そんな社長の気持ちも宿る聖徳太子像になのではないかなと思います。

聖徳太子像が工場に納まる様子をまたお伝えできればと思います。
工匠は、千葉県松戸市・市川市を中心に
自然素材を活かした古民家再生・リノベーションを専門的に手掛けております。
また、お客様のこだわりを実現する注文住宅も可能です。
いつまでも丈夫で美しく、愛され続ける住宅をご提供いたします。
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